平成二十三年四月二十六日(火曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 川内 博史君
理事 阿知波吉信君 理事 稲見 哲男君
理事 熊谷 貞俊君 理事 空本 誠喜君
理事 津村 啓介君 理事 馳 浩君
理事 松野 博一君 理事 遠藤 乙彦君
石田 三示君 石津 政雄君
石森 久嗣君 小川 淳也君
太田 和美君 勝又恒一郎君
金森 正君 川島智太郎君
岸本 周平君 熊田 篤嗣君
阪口 直人君 菅川 洋君
平 智之君 竹田 光明君
玉置 公良君 豊田潤多郎君
中川 治君 野木 実君
本多 平直君 山崎 誠君
柚木 道義君 江渡 聡徳君
河村 建夫君 近藤三津枝君
佐田玄一郎君 塩谷 立君
谷 公一君 吉野 正芳君
斉藤 鉄夫君 宮本 岳志君
阿部 知子君
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内閣府大臣政務官 阿久津幸彦君
参考人
(原子力委員会委員長) 近藤 駿介君
参考人
(原子力委員会委員長代理) 鈴木達治郎君
参考人
(原子力委員会委員) 秋庭 悦子君
参考人
(原子力委員会委員) 大庭 三枝君
参考人
(原子力委員会委員) 尾本 彰君
衆議院調査局科学技術・イノベーション推進特別調査室長 上妻 博明君
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委員の異動
四月二十二日
辞任 補欠選任
泉 健太君 空本 誠喜君
三日月大造君 熊田 篤嗣君
同月二十六日
辞任 補欠選任
阪口 直人君 岸本 周平君
河井 克行君 近藤三津枝君
吉井 英勝君 宮本 岳志君
同日
辞任 補欠選任
岸本 周平君 阪口 直人君
近藤三津枝君 河井 克行君
宮本 岳志君 吉井 英勝君
同日
理事泉健太君及び三日月大造君同月二十二日委員辞任につき、その補欠として空本誠喜君及び稲見哲男君が理事に当選した。
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本日の会議に付した案件
理事の補欠選任
参考人出頭要求に関する件
科学技術、イノベーション推進の総合的な対策に関する件(原子力政策について)
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○川内委員長 次に、宮本岳志君。
○宮本委員 日本共産党の宮本岳志です。
きょうは、貴重な御意見をお伺いいたしまして、ありがとうございました。
先ほど、参考人の方々のお話をお伺いいたしましても、委員長からは、申しわけなく存じ、深刻に受けとめているという言葉もございました。それから、委員長代理の方からは、このような深刻な事故が発生したことに関し、深く反省している、痛恨のきわみというお言葉もあったわけであります。
恐らく、原子力にかかわる者で、今回の事故を受けて、反省を口にしない者はいないと思うんですね。みんなが反省を口にはされるわけでありますけれども、ただ、さらにそこから進んで、一体この事故の何を反省しなければならないか、そして、どこを変えなければならないか、この中身にしっかり踏み込んでいく必要があると思うんです。
これは参考人全員にお伺いしたいんですが、この事故の何を申しわけなく思い、何を反省しなければならないとお考えになるか、順々にお聞かせいただけますか。
○近藤参考人 私は、私自身の個人的な経歴も踏まえて、最大の問題は、この巨大なシステム、なかんずく大量の放射性物質を内在する原子力施設の安全確保のためには、私の言葉を使えばリスク管理でございますが、リスクが十分に小さくなるようにすることが前提条件でございますから、十分に小さいということを絶えず最新の知見を踏まえてモニターする。これをリスクアセスメント、リスク分析といいますが、こうした手段を通じて、絶えず新しい情報、知見に目を凝らし、耳を凝らし、リスクを変えるものかどうかをチェックして、変えるものとすれば、低くなるように対策を講じる。
こういうリスクマネジメントが総論としては口にされ、私どももまた、それが非常に重要ということを絶えず申し上げているつもりでございますが、これが、現場、規制の面でも、また運転管理をされている方にも、その重要性が、私どもの思いが共有されていなかったのかな、これが私のまさに研究者としての、最も残念に思うし、反省しというか、声が小さかったのか、さまざまな思いを持って反省しているところでございます。
○鈴木参考人 細かいことはいっぱいあるんですけれども、一言で申しますと、チェルノブイリ事故の後に言われるようになった安全文化という言葉があるんですが、ちょうど私もアメリカにいて、その安全文化の研究をしたんですが、安全文化という言葉が本当に身にしみていたのかというのが、私個人的には、それぞれの立場でもう一度問い直さなきゃいけない。
安全文化といいますと、普通は実際に発電所を運営している事業者に言われる言葉が多いんですが、実は規制当局あるいは原子力政策を推進している行政の責任もあります。それから、ほかの産業界のメンバー、あるいは実は反対を言っている方々の中にも、どこかで今回のような事故は起きないんではないかという意識があったのではないか。安全文化というのは、チェルノブイリの後、そういう社会全体の安全に対する意識というのを常に高く持っていかなきゃいけないという警告だったのです。それがどこかで欠けていたのではないかということで、私が申し上げたのは、原子力に携わる全員の人間がそれぞれの立場で考えると言ったのはそういう意味であります。
今後の対策を練るときも、個々の改善はもちろんですが、原子力を取り巻くすべての社会システムとしての安全文化を高めていく方向に変えていかなきゃいけないというふうに思っております。
○秋庭参考人 私は、先ほど、最初に申し上げましたように、この事故において、やはり国民の皆様を不安に陥らせたということが何といっても最大の痛恨のきわみです。私は技術者でもありませんし、国民の観点ではあるのですが、そういう信頼を裏切ったということがやはり最大の問題点だと思っております。
そして、このことに対してどうしていくかということなんですが、国民からすると、今回の事故に対して、だれが責任を持って、だれがどのようにしてくれるのかというところが全く見えないところがあります。ここをやはりもう一度原点に戻って責任体制をしっかりつくること、それが国民のニーズにこたえるものである、そういうものをつくっていくことが一番重要だと思っております。
○大庭参考人 私は、先ほども申しましたように、委員に就任する二〇一〇年一月までは原子力村の外におりました。しかしながら、私がこの委員就任の打診を受け、そして国会同意人事を通り、この役職についたことで、私は、この件について責任があるというふうに思っています。
では、具体的にどのような責任があるのかという点に関してなのですが、この短い一年余りという期間で私が何か変えられたかというと、それは正直、そうは思いません。しかしながら、私は、やはり安全性の担保が十分になされるようなガバナンスシステムにあるということについて、そういう原子力村の人々が抱いていた観念、考え方について、もっと鋭い意見というものを述べる必要があったのではないかと思っています。
実は、この点に関しては、述べていなかったというわけではないのですが、しかしながら、私は原子力を専攻している研究者ではありませんでした。やはり、先ほどから何人かの委員もおっしゃっているように、分散しているガバナンスシステムの問題点ということについては非常に問題意識を持っておりまして、それは何らかの形で改善はできないんだろうか、いわばもう少し原子力行政というものをきちんとできる方法はないんだろうかという問題意識はありましたが、しかしながら、そういうことについて今まで意見を述べるとしても、もっと意見が言えたのではないかという点に関しては、私は責任があるというふうに思っています。
その上で、今後、何をするかということについてですが、もちろん、大きなガバナンスシステムの見直しということも非常に重要で、私が役割を果たせるとすれば、それは真摯に果たしてまいりたいというふうに思っておりますが、その前に、とにかくこの事故の原因の徹底究明ということについて、これが非常に肝要かというふうに考えております。
先ほど見解の中でも述べましたように、技術的側面とともに、特に緊急時、初動のときのいわば意思決定システム、意思決定のプロセスということについて明確にしていく、そのことについては今後強く意見を述べていきたいというふうに思っています。
以上です。
○尾本参考人 原子力委員会としては、やはり安全に関しては原子力安全委員会の所掌事項という考えで、全体として、原子力の安全確保というのが前提条件でという認識があるにもかかわらず、その点で十分な発言をしなかったという点が、一つの仕組みとしては反省すべきところであるというふうに思っております。
その上で、個人、つまり一介の原子力関係の専門家として技術的な分野で考えることを申し上げますと、冒頭の所信のところでも申し上げましたが、まず自然災害、殊に確率の低い自然災害に対してより謙虚に取り組む姿勢が不足していたのではないかというふうに考えております。
それから、工学的な設計という点におきましては、安全な機能を果たすためには多重性よりもむしろ多様性が非常に重要なんですが、その多様性に対する配慮というのが歴史的に見ても順番に弱くなってきたところがあるというところを、今後反省すべきところがあるというふうに思います。
それから、先ほども少し申しましたが、アクシデントマネジメントという方策はありましたけれども、実際にそれを運用する段階になりますと、思ってもみなかったようなことがいろいろと起きているようであります。そういう点から考えますと、アクシデントマネジメントがシビアアクシデントに至るような事態が本当に起きるんだということを考えて、より厳しい目での訓練というものがなされるべきではなかったのかなというふうに考えております。
以上です。
○宮本委員 秋庭参考人の方から、信頼を裏切ったという言葉が出ましたね。
私、原子力政策大綱、これは平成十七年にまとめられたものでありますけれども、これを読ませていただいたら、この中には、「万一の際に国民の保護を図る防災対策や防護対策も整備されてきている。」という言葉が明確に書かれております。「安全確保に対する国民の信頼の確立に努めることが重要」というふうにしておりますけれども、今回のこの事故を目の当たりにすれば、今は、国民の保護を図ることも現状はできていないわけでありますし、それから安全確保に対する国民の信頼の確立も、これは現状ではできていないわけですよね。
それで、近藤参考人は委員長としてこの大綱をおまとめになった御本人だと思うんですけれども、この中で言われている防災対策や防護対策、「万一の際に国民の保護を図る防災対策や防護対策も整備されてきている。」と言われているこの防災対策や防護対策とはどのような災害を想定したものだったのか、そして、今日の事態を受けて、防災対策や防護対策として何が必要だとお考えになるか、お答えいただけますか。
○近藤参考人 御承知のように、原子力防災対策につきましては、日本では、TMI事故の後、そうしたものの重要性が指摘され、事前に防護対策を強化するべき重要地域という言葉を使っていますが、英語ではEPZと言いますが、そうしたものを我が国も定めるべきとして、八キロから十キロ圏内をそういう地域と指定するということを初めとする原子力防災対策が定められ、しかし、その当時は、そうしたことにする権能は地域のことを一番よく知っている自治体の長にゆだねる、そういう構造で整備をした。私も若いとき、十キロ、八キロを決めるための計算は一生懸命やった記憶がございます。
その後、ジェー・シー・オー事故が起きまして、いやいや、県を越えて災害は広がるので、防災対策の主体は首相であるべきということになりまして、原子力災害対策特別措置法が制定されて、十条、十五条の通報を受けて、総理を長とする対策本部をつくる、そういう制度が用意され、臨機に、今回もそうでありましたように、まさしく原子力災害で人は一人も死ぬことなしということを目指して、あらかじめ避難地域を設定し、あるいは屋内退避地域を設定する、そういう行為がなされるべしというふうに決めてあると思いますが、そのときに前提にいたしましたのは、もちろんTMI事故のような、原子炉の炉心が溶融して大量の放射性物質が環境に出るというところ。そうした結果として、急いで避難をするとすれば、とりあえずどの範囲の方が避難をするのが適切かということで、状況によって決めるわけですけれども、そういうことが必ずできるように事前に計画していくという範囲として、八キロ―十キロというものを妥当として決めた、そういうことがございます。
ですから、今日まさしくその法律に基づいて防災対策が実施されているというふうに理解をしていまして、その観点ではそれが機能していると私は思っていますが、ただ、問題は、たくさんのことが出てまいりました。
つまり、原子炉からの放射性物質の放出は一回で終わるということを前提にしてつくっておりますけれども、今度の場合のように三つの原子炉が同時に被災をするということは前提にしておりませんから、結果として、長い期間避難をお願いしなきゃならないということになりますと、こうしたことについては想定していない。
その後、時間があるから、あらかじめ考えることなしとして、そのとき起こってから考えるという考え方があったのかもしれませんけれども、現在の法律制度ではそういうことが整備されていませんので、現在、地元の皆様に大変な御迷惑をおかけしつつ、関係者がそれぞれのよかれというものを今考えているという状況でございまして、これは、まさしく現在のシステムの欠陥をあらわすものというふうに考えて、この経験を踏まえて早急に改善されるべき、既に各立地自治体から防災対策の考え方を変えたいという、変えるぞと宣言されているところもございますところからわかりますように、そうしたことは当然国としても見直すべきだというふうに思っているところでございます。
○宮本委員 たくさんお伺いしたいんですが、なかなか時間に制約がありまして、どうしても聞いておきたいことがございます。
私は、想定を超えたということは許されないというふうに思うんですね。耐震設計審査指針の改定作業の中心となった入倉孝次郎京都大学名誉教授は、新聞の取材に答えて、指針が津波に対する評価が正しくなかったことなどを認めた上で、想定以上の大地震が来たことは理由にならない、何があっても多重防護で大丈夫と言ってきたのがうそだった、人災だと思うとはっきり述べられておりますので、そういう点では、本当に反省、そして責任というときに、我々はしっかりそこを受けとめていかなければならないというふうに思うんです。
それで、尾本彰参考人にお伺いをいたします。
先ほど尾本参考人は、当時の知見において限界があったというふうに冒頭述べられましたけれども、我が党は、五メートルもの津波で福島第一原発も含めた冷却水の取水不能、冷却施設の設備の機能喪失が起きて重大事故に陥る危険性というものは、既にもう四年も五年も前から指摘をしてきましたし、東電にも直接申し入れもしてきたわけですね。
その点では、この責任というものは非常に東電にとっても重いし、もともと尾本参考人は東電にもいらっしゃったということでありますけれども、そういう点では、事業者は、今回の事故を受けて、なおその当時の知見において限界があった、こういうふうに言えるのかどうか、私たちの指摘をなぜ聞き入れなかったのか、このあたりについてどうお考えですか。
○尾本参考人 記憶を頼りにして言わざるを得ないところがあるんですが、津波に関しましては、設計指針の中で、津波を考慮すべきことというのが当然書いてありまして、もともとの設計においてはチリ津波を想定していたというのが事実だと思います。しかしながら、その後、一九八三年ですかね、奥尻島等を襲った地震等にかんがみて、土木学会において、津波に関する考え方を変えなければいけないのではないかということで、指針化の動きがありました。
土木学会の原子力土木部会であるというふうに記憶しておりますが、そこが二〇〇二年にガイドラインを出しまして、そしていろいろな領域で地震が起きるということを想定して、不確かさの解析も行って、想定する津波をそれぞれ決めることというのが出ておりまして、それに従って、各電力さまざまな対策をとったというふうに記憶しております。
例えば東京電力におきましては、取水ポンプの位置のかさ上げ、そして、今御指摘にありましたように、引き波に際してポンプが水を引くのに十分能力がなくなってしまうということを考えて、そういう場合には大きな循環水ポンプをトリップさせる等々の対策をとっておりますので、御指摘の懸念というものは考えられていたというふうに考えております。
しかしながら、土木学会の指針では、私の記憶するところ、先ほど言いましたようなさまざまな震源域を考えてモデルをつくって想定して、それが過去の津波の既往歴、このデータベースに照らしてそれを十分包括しているということを確認しているという記述があったというふうに思っております。すなわち、過去経験したものをすべてカバーしているという想定であるというのが当時の知見であったというふうに思っております。
残念ながら、その結果、福島におきましては五・七メーターという高さで、今回は十四メーターあるいは十五メーターというふうに言われておりまして、その二〇〇二年における土木学会の指針に従った算定という点においては、その当時の知見を最大限に生かしたものであったというふうに記憶しております。
これは私の記憶でありますので、具体的にはきちっと事故調査委員会で精査して、確認する必要があるところだと考えております。
以上です。
○宮本委員 時間なんですが、もう一問だけお願いしたいんです。
先ほど大庭参考人からも、規制機関とそして推進機関と分けるという話が出ましたが、これは我が国も批准している原子力の安全に関する条約第八条で国際的にも定められていることなんですよね。ここは本当に今回の問題での一つのポイントになると思うんですが、最後に近藤委員長に、やはりこれはきちっと分けるということについて、どのように受けとめるかお伺いして、質問を終わりたいと思います。
○近藤参考人 御指摘の点、全くおっしゃるとおりと思っています。
私は、国民の皆さんはダブルチェックということで何か一生懸命やっているというふうに思うんですけれども、しかしそれは、科学は、真実は一つですから、そこへ英知を結集して正しい判断をし、国民に問うていく、これが本来の行政のあり方というふうに思っていまして、規制機関は一本化する、そこが常に問題意識、クエスチョニングアティチュードといいますが、いつも問題がないかということを絶えず問いかける姿勢を維持しつつ、衆知を集めて正しい判断をするべく心がける、これがエッセンスというふうに思っています。
○宮本委員 ありがとうございました。終わります。