155 – 参 – 憲法調査会 – 4号 平成14年11月27日
平成十四年十一月二十七日(水曜日)
午後一時開会
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委員の異動
十一月二十六日
辞任 補欠選任
松岡滿壽男君 平野 達男君
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出席者は左のとおり。
会 長 野沢 太三君
幹 事
市川 一朗君
武見 敬三君
谷川 秀善君
若林 正俊君
峰崎 直樹君
山下 栄一君
小泉 親司君
平野 貞夫君
委 員
愛知 治郎君
荒井 正吾君
景山俊太郎君
亀井 郁夫君
近藤 剛君
世耕 弘成君
常田 享詳君
中曽根弘文君
福島啓史郎君
舛添 要一君
松田 岩夫君
伊藤 基隆君
江田 五月君
川橋 幸子君
高橋 千秋君
ツルネン マルテイ君
角田 義一君
松井 孝治君
若林 秀樹君
魚住裕一郎君
続 訓弘君
山口那津男君
宮本 岳志君
吉岡 吉典君
吉川 春子君
平野 達男君
大脇 雅子君
事務局側
憲法調査会事務
局長 桐山 正敏君
参考人
東京大学大学院
情報学環教授 濱田 純一君
上智大学文学部
教授 田島 泰彦君
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本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査
(基本的人権
―市民的自由)
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<情報アクセスを保障することが重要>
会長(野沢太三君) 宮本岳志君。
宮本岳志君 日本共産党の宮本岳志です。
本日は濱田先生、田島先生、誠にありがとうございます。
まず、濱田先生にお伺いをしたいと思います。
表現の自由と規律ということが論点になっているわけですけれども、憲法二十一条は、これは「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と、こういうふうに明瞭に規定をしております。
そういう意味から、濱田先生もこの表現の自由について、厳格な合憲性、審査基準を適用するという二重の基準論というものも御紹介をいただきました。事前に読ませていただいた資料では、芦部先生の憲法学の本も御紹介いただいて、そういう論が展開されています。
もちろん、表現の自由が個人のプライバシーと衝突する、あるいは放送の規律と衝突する、こういうことは間々あるわけでありますけれども、そこを調整するためには適切な緊張関係が必要で、一方に軍配を上げて、それで終わりということにならないと、こういうお話もございました。
そういう意味では、BRCのような自主規制の重要性ということも触れられましたし、私もそう思うんですね、自主規制ということが非常に大事だろうと。この規制を、BRCのような第三者機関ではなく、例えば大臣の権限でやらせるとか、あるいは政府機関、政府の中に機関を置いてやらせるということになると、これは一方に軍配を上げるということになるのではないかと私は思うんですけれども、濱田参考人の御意見はいかがでしょうか。
濱田純一君 これは、その政府の下に作られる組織がどういう形のものになるかということにもよるかと思いますが、そういう危険というものが非常に大きくなるというふうに私は考えております。
いわゆる自主規制機関と言う以上は、これは法律によって作られる自主規制機関というのは一種の概念矛盾でございますので、あくまで、どこまで報道機関が自分たちでできるか、それをまずとことんやってみるべきではないかというのが、それが慎重なという意味合いでございます。
ただ、それがうまくいかなかったときにはどうなるかという次のステップは、当然、政府がという議論も出てくる可能性はあると思います。
宮本岳志君 ありがとうございます。
もう一問、濱田先生にお伺いするんですが、情報に対する権利ということをお述べになりました。例えば今IT化ということも議論になるわけですけれども、本来、情報技術というものは、私どもは民主主義と密接なかかわりを持っているというふうに考えております。今日のインターネットの急速な普及ということを考えた場合に、これは生活水準や利便性の向上ということでなくて、民主主義の発展にも文化の向上にも大きな寄与をすることができる、そういう可能性を持っていると。一方で、新たな社会的格差を拡大する可能性も持っている。だからこそ、この技術をいかに国民全体のものにし、民主主義の発展と国民生活と福祉の向上に役立てるのかと、こういう視点が非常に大事だと思うんですね。
そういうことを踏まえるならば、やはり居住地や貧富や障害の有無や年齢、性別など一切の区別なく、すべての人が高度情報通信ネットワークにアクセスできる権利というもの、これを非常に大事にする必要がある。これを国や自治体が保障する、責任を持つということが極めて重要になっていると思うんですけれども、この情報アクセス権についての先生のお考えをお聞かせいただけるでしょうか。
濱田純一君 お答え申し上げます。
今御指摘ございましたように、私、全く同じように考えております。
例えば、これは情報公開という仕組みが今動き出しておりますが、これにしてもわざわざある場所へ行って請求をしなければいけないというのでは、なかなかその行使が十分にできないという場合もございます。やはり、こういう場面ではネットワークというものをうまく使ってということが十分考えられるべきであろうというふうに思いますし、実際の政治の場でもこういうインターネットなどを使ってということも行われているようでございます。ここの中継ということもやっているということでございますし、それから政治家の皆さん方もホームページを持ってやっていらっしゃるということもございます。
ただ、今のところはまだそういう技術とそれから使い方のマッチングが必ずしもうまくいっていない、また技術が成熟していないところもございますので、まだまだこれは大きな可能性のある分野であろうと思いますし、そういうことをにらみながら、やはりみんながそういった情報に対するアクセスを平等に共有できるようにという、そういう環境を是非作っていただきたいというふうに思っております。
<行政による「差別表現」の規制は問題>
宮本岳志君 次に、田島先生にお伺いをいたします。
今、国会で議論になっている人権擁護法案についても先生の方からお話がございました。人権委員会の独立性の問題あるいはメディア規制、雇用差別の救済を厚生労働省などに丸投げしているという点、さらに国民の自由な言論、表現活動を制限しかねない問題など、私たちは余りにも重大な問題が多過ぎるということから、この法案は廃案にして出直すべきだと主張しております。
先生は十一月十二日付けの朝日、今日お配りいただいた記事でもこのことについてもお触れになっておりますけれども、法案では、言論、表現にかかわる条文で概念規定があいまいなまま特別救済手続になっているものが目立つと思うんです。例えば、不当な差別的言動であって、相手方を畏怖させ困惑させ又は著しく不快にさせるものとか、これを放置すれば当該不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発するおそれが明らかであるものなどの表現が出てまいります。
こうした規定が運用されれば、憲法の保障している言論、表現の自由が空洞化されることになりかねないと思うんですが、参考人はこの記事でも、「差別表現規制には現行法の規制を超える部分が含まれており、メディアや市民の表現の自由を過剰に制限する」と指摘をされておられますけれども、この懸念の内容を詳しく御説明いただきたいと思います。
田島泰彦君 人権擁護法案という名前を取り、かつ人権委員会というのを作るということになっているんですが、かなりの部分がその表現規制なんですね。報道機関の人権侵害問題というのはかなりメディアでも議論されているんですが、差別表現の方は余り取り上げられていないんですけれども、こちらもかなり重要な規制がもたらされようとしていると。差別を誘発、助長する表現あるいは差別的言動などを即人権侵害としてこれに勧告、公表などの救済を行うと。
例えば、そこで言う差別とは何かという、それ自体がもう大変難しい問題が含まれているわけですね。だから、例えばそれを私が一番心配しているのは、その表現の中身を行政機関が判断していいのかというのが私は一番懸念があるんですね。司法が判断するならまだ分かるんですが、独立性が確保されているとはいえ行政機関がやっぱり口出してはいけないというのは、やはり我々の民主的な社会の基本的なルールではないかなと。そのルールをやはり大事にすべきである。
ただ、だからといって差別を助長していいわけでもないし、とんでもない差別表現というのは確かにあり得るわけですよね。ただ、その規制は別な場に、すなわち自主的、自律的な努力の中で求めるべきだし、もっとはみ出すものは、やはり司法改革の議論をせっかくしているんですから、もうちょっと司法が積極的な役割を果たせないのかという可能性も一方で探る必要があるのかなという意見です。
宮本岳志君 ありがとうございます。
もう一問、この問題にかかわってお聞きするんですが、報道被害についてのメディアの自主的取組というのは緒に就いたばかりであります。犯罪被害者の皆さんからはまだまだ不十分という声ももちろん寄せられております。
一方、田島参考人は記事の中で、「警察や自治体が取材現場を仕切る場面がある点は懸念される。」と、こう述べておられますけれども、今後報道機関や第三者機関の自主的取組を更に実効あるものとするために何が求められているとお考えになるのか、お聞かせいただけますでしょうか。
田島泰彦君 私は、一つは、やはり既に枠組みとして、例えば放送界、私もかかわっているBRCというのがありますし、青少年の委員会もあります。
それから、新聞各社は、やや取組が後れてきたとは思うんですが、各社ごとに、二〇〇〇年の秋から毎日新聞が外のメンバーを入れた開かれた新聞委員会というのを作り、それを機に今二十数社がその種の、第三者が入っていろんなクレームの処理とか報道の検証を外の目でやっていこうという取組がやっと始まったところなんですね。ですから、私は、まずそういう始まったばかりの取組を重視して、それを頭ごなしに無視して法規制するのではなくて、まずはそういうところの取組の実績を重ねていくということですね。
と同時に、もう一つは、将来の課題としてやはり、新聞各社ごとに今やっているんですが、ずっと先まで各社ごとでいいのかということは一つの問題としてあるんじゃないかと思うんですね。その点で、外国などで取り組まれてきた報道評議会、プレスカウンシルなどの経験も踏まえながら、その各社ごとの取組を将来どうやってもう少し業界全体として、新聞界全体として取組を強めていけるか、そういうやはり交流なり議論をしていくということも重要な課題かなというふうに感じております。
宮本岳志君 警察や自治体が取材現場を仕切る場面への懸念という辺りはいかがでしょうか。
田島泰彦君 これ、拉致被害者の取材、報道でそういう例が指摘されておりまして、確かに過剰取材なり、わっと押し掛けてとんでもない人権侵害をやるというのは、もちろんこれは非常に困るわけですけれども、他方で、なぜこの間、新聞界なり放送界がメディアスクラム問題で見解を出したり取組を強めていったかというと、やはり人権擁護法案などで法規制の動きが一方であるわけですね。それは、そういう形の権力の介入を許してはいけないのではないかということで、自主的な自律的な取組を強めていった経緯があるわけですね。
だから、そういうことからすると、例えば拉致被害者たちの現場の中では往々にして町の役場などが窓口になっていろいろ取り仕切りをしているというようなことも報道されていて、これはちょっと筋違いかなと。やっぱりあくまでも公権力が前面に出るのではなくて、自主的な取組として行われていかなければいけないのではないかな、その点でやや心配なところがあるという、そういうことです。
<住基ネットは「違憲の疑いがある」>
宮本岳志君 もう最後の質問になるかと思うんですが、お二人の先生にお伺いしたいと思うんです。
私は、実は国会では総務委員会というのに属しておりまして、住民基本台帳ネットワークというものをこの間随分国会で議論をしてまいりました。参考人のお二人ともが自己情報コントロール権ということにも触れられたわけですけれども、この十月、日弁連は自己情報コントロール権についての提言というものを出されて、個人の統一的管理システムの構築は駄目だ、あるいは住民基本台帳ネットワークは稼働を停止すべきだと、こういう提言もされたわけであります。
先生方、御承知のように、一九八三年にはドイツにおいて国勢調査違憲判決というのが下される、そして人格権の自由な発展はデータ処理の現代的条件の下では自己のデータの無制限な収集や集積や使用や譲渡から各個人を保護することを前提とするという判決が出されております。
この点で、十一けたの番号を中央集権的にすべての国民に割り振るという、このようなネットワークについて、それぞれお二人の参考人の御見解をお伺いしたいと思います。
濱田純一君 今の住民基本台帳のネットワークシステムにつきましては、私は、何らかの形で行政、個人情報に関するネットワークを組むということは、これはやむを得ないと思っております。
今の行政の効率化なり、あるいはそういうものが与える国民間の、例えば税の問題等含めて平等性というものを実現していくためには、これはそれなりに必要であろうと思います。
ただ、今のセキュリティーの仕組みでいいのか、あるいはその情報、収集されるデータの内容あるいは管理の仕組みが今のままでいいのか、そういう点はもっと議論を詰めるべきであろうというふうに思っております。
田島泰彦君 私自身は非常に違憲の疑いがある制度かなというふうに思っております。
というのは、簡単に申しますと、一つは、最低限もし自己情報コントロール権を保障されるとすれば、個人の選択の自由、それが制度的に確保される必要があると。それからもう一つは、憲法のやっぱり地方自治権というものを前提にするとすれば、各自治体に離脱、参加の選択権が同じく保障されるべきである。最低限この二つの仕組みが整備されない以上、私は非常に憲法的に違憲の疑いの強い制度ではないかなというふうに考えております。
宮本岳志君 お二方、大変ありがとうございました。大変参考になりました。先生方の意見を参考にして、私も全力で頑張りたいと思います。
ありがとうございました。